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静岡地方裁判所 昭和61年(ワ)151号 判決

主文

一  被告は、原告に対し、金八二一万六六三四円及びこれに対する昭和六一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四〇八八万九〇四二円及び内金八五九万二五〇〇円に対しては昭和六一年四月八日から、内金三二二九万六五四二円に対しては平成元年一一月一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五八年七月二九日午後四時三〇分頃、普通貨物自動車を運転し、静岡県焼津市浜当目の国道一五〇号線(通称大崩街道)の災害防止工事現場を東進中、ラクビーボール大の石一個が災害防止工事を行っている山側の崖から落下して運転室のボンネットを直撃し、それが弾んでフロントガラスを突き破り、同運転台に飛び込んで原告に当たった。

2  そのため、原告は、頸、腰部、臀部右下腿、左下腿各挫傷、頭部外傷、頸部捻挫等の傷害を負い、昭和五八年七月二九日から同年八月九日まで谷口整形外科医院(実日数一二日)に、同年八月一〇日から同年一一月五日まで大井外科医院(実日数六八日)に通院し、同年一一月七日から昭和六一年二月末日まで園田医院に入通院(入院日数一三日、通院日数五三四日)した。

3  被告は、静岡県から、本件事故現場一帯の高所からの落石の防止を目的とする道路災害防除工事を請負い、これを従業員をして行わしめていたものであるが、被告の従業員としては、被告の事業としての右工事を執行するに際しては、同道路を通過する車両に高所から石を落下させたりすることのないよう万全の方策をとったうえで工事をなすべき注意義務があるのにかかわらず、これを怠ったことにより本件事故を惹起したものである。

したがって、被告は、民法七一五条一項に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき義務がある。

4  原告の被った損害は、次のとおりである。

(一) 休業損害

昭和五八年七月二九日から平成元年七月二八日までの六年間の休業による損害

原告は、家業の菓子販売業の運転手や販売の仕事を担当してきたが、それ以外に娘妙子経営の松永鍼灸院の仕事を手伝い、かつ、家事労働をなしてきた。

それらの就労が、本件事故により不能となり、休業してきた。

その損害は、前記実情からして女子の全年令平均給与額毎月金一七万六五〇〇円の割合で算定するのが相当である。

そうすると、この間の損害は、合計金一二七〇万八〇〇〇円になる。

(二) 逸失利益

原告は、前記のとおり、入通院を繰り返したが、今なお、焦燥感、不穏、興奮、不眠、強迫観念、記憶力障害、意欲減退、頭重、頭痛に苦しめられ、そのため介護を要する状態にあり、これらの外傷性神経症状は、今後も継続されるものである。また、これらの神経障害の他に原告は、頭部外傷、外傷性頸部症候群(脊髄症状)後遺症、第四、第五腰椎椎間損傷に苦しめられ、頭痛、頸痛、項痛、脊髄痛、腰痛、左右上下肢放散痛、及び自律神経障害によるめまい、耳鳴、嘔気、動悸等の各症状が存在しており、少なくとも三級三号の後遺症が残存していると認められる。

したがって、原告の平成元年七月二九日以降の逸失利益は、後遺症等級三級三号(一〇〇パーセント)を基礎として算定すべきところ、原告は、同七月二九日現在満六四才(就労年数七年新ホフマン係数五・八七四)であるから、前記平均賃金の年収を基準にすると、その額は、次のとおり金一二四四万一〇〇〇円となる。

211万8000円×5.874=1244万1000円

(三) 慰藉料

前記後遺症の存在及び現在までの六年余通院をよぎなくされている状況に鑑みれば、原告の慰藉料は金一八〇〇万円が相当である。

(四) 損害の填補

原告は、被告から本件事故により被った損害の填補として金二二五万九九五八円の支払を受けた。

5  よって、原告は、被告に対し、前記(一)ないし(三)の損害合計金四三一四万九〇〇〇円から同(四)の既払金二二五万九九五八円を控除した残額金四〇八八万九〇四二円及び内金八五九万二五〇〇円については昭和六一年四月八日から、内金三二二九万六五四二円については平成元年一一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実中、原告がその主張のとおり谷口整形外科医院と大井外科医院に通院したことは認めるが、その余は不知。

3  同3の事実は否認し、その主張は争う。

本件事故は、不可抗力によって発生した落石事故であって、被告は事故の発生を予測することができず、被告に損害賠償責任はない。

4(一)  同4の(一)の事実は否認し、その主張は争う。

原告が被った傷害は、頸・腰部挫傷、頭部外傷、左下腿擦過傷と筋肉内出血で加療二週間程度であるから、休業期間は三か月と七日程度で足りるし、その間の収入は、五八歳の女子の平均賃金月額金一五万五三〇〇円を基準とすべきである。

(二)  同(二)の事実は否認し、その主張は争う。

原告の主張する症状は、いずれも本件事故と因果関係はなく、原告本人の年齢、気質及び性格に因るものである。原告自身は、受傷後に、自から車を運転して、荷物の上げ下ろしの作業をし、近時においても、原告の夫とともに外出し、その歩行はしっかりしており、何ら通常人と異ならない様子である。

また、原告の主張する外傷性神経症状といっても、原告が受傷(昭和五八年七月二九日)以来、長期の治療に因り、治療ノイローゼ的症状を発露したもので、直接、本件事故と結びつけることはきわめて困難である。

原告本人が、本件事故によって受けた傷害の程度は、本件事故の態様及びその後の原告の行動並びに通院状況から推断すると、後遺症等級一二級一二号「局部にがん固な神経症状を残すもの」程度であって、脳損傷を受けたわけではない原告の後遺症が、三級三号に該当することはない。

したがって、原告の逸失利益は、九年間一四%減として算定すべき程度なものである。

(三)  同(三)は争う。

原告に対する慰藉料としては金一七〇万円程度が相当である。

(四)  同(四)の事実は認める。

5  同5は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  原告主張の請求原因1の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、原告は、本件事故により、頸、腰部挫傷、頭部外傷、左下腿擦過傷及び筋内出血の傷害を負ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

二  〈証拠〉によれば、被告は、静岡県から本件事故現場一帯(通称大崩街道)の高所(山側の崖)からの落石の防止を目的とする道路災害防除工事を請負い、これを従業員をして行わしめ、従業員が削岩機を使用して岩石を削り取るなどの作業をしていたことが認められるところ、被告の従業員としては、右被告の事業としての右工事を執行するに際しては、右工事現場下の国道一五〇号線上を通行する車両や歩行者の通行の安全を確保するため、工事現場の高所の崖面にネットやビニールシートを張りめぐらすとか看視人を置いて一時通行止めにするなど万全の方策をとったうえで工事をなすべき注意義務を負うべきであるが、前掲各証拠によれば、被告の従業員がかかる注意義務を怠り、削り取った岩石を崖下に落下させたため、本件事故が発生したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

よって、被告は、民法七一五条一項に基づき、原告が本件事故により被った損害を賠償すべき責に任ずべきである。

三  そこで、原告の受傷と治療の経過等について検討する。

1  〈証拠〉によれば、次のような事実が認められる。

(一)  原告は、事故当日被告の作業員によって焼津市の谷口整形外科医院に運び込まれ、診療を受けたところ、頸、腰部挫傷、頭部外傷、左下腿擦過傷及び筋内出血と診断され(但し、レ線上骨傷なし)、昭和五八年八月九日まで一二日間通院して治療を受けたが(右通院の事実は当事者間に争いがない。)、通院に不便であったため、焼津市の大井外科医院に転医した。そして、原告は昭和五八年八月一〇日から同年一一月五日まで大井外科医院に通院し、頭痛、頸部痛等を訴えたため、注射、通電、内服投与等の治療を受けたが(右通院の事実は当事者間に争いがない。)、症状の回復が思わしくなく転医した。その間、原告は、大井外科医院で頭、骨盤、右大腿のX線写真の撮影を受けたが、骨折等が認められず、また、原告は、頭痛を訴えて、同年九月二四と二六日、静岡赤十字病院脳神経外科において頭蓋骨単純撮影とCT検査を受診したが、いずれも異常なく、神経学的にも異常は認められないと診断された。

(二)  原告は、昭和五八年一一月七日から平成元年九月三〇日まで園田医院に入通院して治療を受けている(入院一三日)。園田医院の昭和五九年六月一二日の診断(〈証拠〉)によれば、原告の病名及び受傷部位は、頸椎捻挫、第四、五腰椎椎間板損傷であり、頸椎軸方向の圧痛、側頸部の圧痛、腫張、頸椎の運動痛、自律神経症状等が認められ、X線所見では第四、五腰椎椎間板狭少化が認められるとされ、昭和六三年五月一九日の診断(〈証拠〉)によれば、傷病名として外傷性頸部症候群が加わっているうえ、右症状に加えて精神症状が著しいとされている。しかし、園田武治医師の診断によれば、右腰椎の椎間板狭少は年齢的な変化に因るものと認められるとしており、原告に対しては、主として抗生物質の点滴と頸部、項部、後頭部痛を緩げるための局所注射、静脈内注射、理学療法を行ってきたが、昭和六一年七月当時には「頸部、項部、後頭部の疼痛、腰痛及び左右坐骨神経痛のための躯幹の運動障害」の後遺障害(一二級一二号該当)が残っているにすぎないとされている。

(三)  また、原告は昭和六三年九月一四日、日本医科大学第一病院に入院し、神経科、理学診療科、眼科、耳鼻科、内科を受診し、諸検査を行ったが、その検査結果(〈証拠〉)は、「脳波-正常範囲内、脳SPECT-異常所見を認めない。眼圧=正常、眼底-変化なし、頭部CT-両側側脳室外側に低吸収域を認める、頭部MRI-右基底核部、左内包、被殻の多発性梗塞、右頭頂葉皮質下小梗塞」とされ、痴呆(脳血管性痴呆)と心気状態(身体的異常の裏付けのない身体的症状の訴え)が認められるが、前者は脳の多発性梗塞に基づくものと考えられるし、後者は受傷を機に出現しており、本件事故が誘因として考えられると判断している。

(四)  更に、原告は、昭和六三年六月一七日から東邦大学医学部附属大森病院に通院しているが、同病院の加藤能男医師の平成元年三月二二日の診断(〈証拠〉)によれば、他覚的症状としては「頭部CT検査-正常範囲内、脳波-軽度異常脳波」があり、主訴としては、焦燥感、興奮、不眠、記憶力障害、意欲減退、頭痛などがあり、これらの症状は頭部外傷による器質的、精神的障害によるものと考えられ、九か月間治療を行ったものの改善はみられず、今後も症状が継続するものと思われるが、治療や環境改善により症状がある程度軽快する可能性があるものと考えるとされている。しかし、同医師の診断によれば、原告の脳に器質的障害があるといっても、軽度の脳波異常から推断したものであって、CT検査によっても確知できず、脳のどの部分にどのような障害があるかは不明であり、精神障害についても治療効果が挙がらないことに起因するいわゆるノイローゼ的な要素もあるとされ、原告に対する治療としては、主として不眠、興奮を緩げる精神安定剤の投与と精神的カウンセリングを行っているということである。

以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  以上認定の事実によれば、先ず、頸部外傷による脳の器質的障害から発現するとみられる原告の前記各症状は、本件事故直後の谷口整形外科医院の診断ないし事故から約二か月後に行った静岡赤十字病院の診断に照らし、そのすべてが本件事故による頭部外傷に起因して発生したものと認めることに疑問を抱かざるを得ず、むしろ加藤能男の証言によれば、原告の老齢化により発症した脳動脈硬化症ないし高血圧に起因して発生しているものと考えられなくはない。また、園田医院における原告に対する治療経過からすれば、頸椎捻挫、腰椎椎間板損傷を負ったにすぎない原告に対し、数年間も治療効果が挙がらず特に病状の軽快もないまま局所注射と理学療法を継続してきた治療方法が果たして有効・適切な治療であったかどうか疑問がなくはないが、そのことはともかく、〈証拠〉によれば、原告の精神的障害から発現するとみられる原告の前記各症状は、右のような効果の挙がらない治療の継続、長期間の薬物投与ないし医師の患者への対応の不適切、原告の医師への過度の依存性なども起因しているとみられなくはなく、いずれにしても、原告の現在の前記症状がすべて本件事故によって発症し、その治療のため多大の日時を要したものと認めることには多大の疑問があるといわざるを得ない。

したがって、前記認定の原告の傷病、治療内容、入通院の日数、病状の推移等治療経過に鑑みれば、本件事故による原告の主症状の頸部、項部、後頭部痛、腰痛、坐骨神経痛は、遅くとも事故後二年を経過した時点(器質的、精神的障害発症前)において、局部に頑固な神経症状を残して固定したものと認めるのが相当と判断する。

四  進んで、原告の被った損害について判断する。

1  休業損害

〈証拠〉によれば、原告は、大正一三年九月二二日生れであって、戦前から病院看護婦として勤務していたが、昭和二五年に結婚してからは、夫の経営する菓子問屋の販売を手伝い、家事に従事する傍ら、昭和五八年七月当時には娘の経営する松永鍼灸院の手伝をもしていたが、本件事故による受傷と入通院によりこれらの仕事を全くすることができなくなったことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そして、原告の前記稼動状況からすれば、原告の休業損害の算定とすべき所得については、全年齢女子の平均賃金に準じ月額金一七万円程度と認めるのが相当であるから、これを基礎に原告の二年間の休業損害を算定すると、その額は、合計金四〇八万円となる。

2  逸失利益

前記認定の原告の後遺障害の内容、程度、原告の症状固定後の状況等に鑑みると、原告は、症状固定の日から七年間にわたり二〇パーセント程度の労働能力を喪失したものと認めるのが相当であるから、前記月額金一七万円を基礎に新ホフマン方式により年五分の割合による中間利息を控除して後遺障害による逸失利益を算定すると、その額は、次の計算式のとおり合計金二三九万六五九二円となる。

170,000円×12×0.2×5.874=239万6592円

3  慰藉料

原告の前記受傷の部位・程度、入通院治療期間、後遺障害の内容・程度、原告の加害に対する心情のほか、原告が支出した治療費、交通費を請求していないこと、弁論の全趣旨によれば被告から支払を受けた金員のうちには本訴で請求していない治療費、家政婦代、タクシー代なども含まれると認められることその他諸般の事情を総合斟酌すると、原告の精神的苦痛を慰藉するためには、傷害と後遺障害を含めて金四〇〇万円と認めるのが相当である。

4  損害の填補

原告は、被告から本件事故により被った損害の填補として金二二五万九九五八円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

五  以上のとおりであるから、原告の被告に対する本訴請求は、被告に対し、前記四の1ないし3の損害合計金一〇四七万六五九二円から同4の金二二五万九九五八円を控除した残額金八二一万六六三四円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和六一年四月九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 塩崎 勤)

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